・No.07「一攫千金」9/14/04
インターステイトハイウェイ80号を西へ。ネバダからカリフォルニアに入り、タホの針葉樹林を抜けると州都サクラメントまであと30マイルほどというところで、州道49号線と交差する。くねくねとした州道を20マイルほど南下すると、カリフォルニア発祥の地、コロマ(Coloma)にたどり着きます。
ニュージャージー生まれのジェームス・ウィルソン・マーシャル(James
Wilson Marshall)は、ミズーリ川の土手で農業を営んでいましたが、マラリアにかかってから、もっと温暖な土地に移ろうと西を目指します。オレゴン街道を途中で離れて南下し、当時は人口2万人にも満たなかったカリフォルニアに落ち着きました。1845年のことです。
ジェームスはコロマの製材所で職を得ます。1月24日のよく晴れた朝、製材所の水車を回すための水路の工事を監督していたとき、水の流れの中に金を見つけたのです。最初、目に留まったのは、豆粒ほどの金の塊ひとつでした。よくみると、周辺にいくつもおなじような塊が転がっています。ジェームスはしばらく呆然として、そこに座りこんでしまったそうです。
このニュースはたちまちカリフォルニア中に広まります。人々はそれまで就いていた仕事を離れ、ツルハシを片手にコロマに集まりました。サンフランシスコ周辺の沿岸部に住むほとんどの人たちが、山間部へと移っていきました。港には舟を出す人もなく、商人も兵士もいなくなってしまいました。新聞も、読者と広告主がいなくなり、廃刊に追い込まれたほどです。
「黄金郷」の話は東部へ、そして海外にも伝わります。ヨーロッパから大西洋を渡りアメリカ東部へ上陸。そこから再び舟で南下、南アメリカを大回りして太平洋へ抜け、サンフランシスコを目指します。パナマの地峡をわたる人たち、メキシコを横断してくる人たち、そしてアメリカ大陸を横断してくる人たち。1848年の暮れまでに、すでに1千万ドル相当の金塊が発掘されていました。そして1849年は移民者が最も多かった年。この1年でカリフォルニアの総人口は10万人を超えました。彼らは「49ers」と呼ばれ、ゴールドラッシュの代名詞になりました。そして同年、カリフォルニア州樹立のための手続きが始まりました。
金をきっかけに州に昇格したのはカリフォルニアだけではありませんでした。西部のほとんどの州が、金や銀、銅の採掘を目的に集まってきた人々によって作られました。コロラドに金鉱が発見されると、数万人の人が押し寄せ、デンバーは一夜にして都市となりました。ネバダの西部には銀鉱が見つかります。このとき初めて、カリフォルニアからネバダへと、人口が東へ向けて移動しました。他にもアイダホ、モンタナ、ダコタで金がみつかり、人々が集まっては都市を造っていきます。
急激な人口増加に地方自治のシステムは追いつきません。金銀を運ぶ無法地帯を、多くの強盗が襲います。自警団を組織するところもありましたが、その自警団自体が無法者であったりと、とてもまともに機能しなかったようです。西部開拓の冒険物語から多くの英雄伝説が生まれ、100年後のハリウッド映画で活躍することになりますが、彼らの実体はただの悪党、決して英雄なんかではなかったようです。
ところで金銀を求めてやってきた人たちは裕福な成功者になったのでしょうか?実際、ツルハシやスコップで採掘できる金は、表面にでているごくわずかな部分だけです。多くの「黄金郷」は、あまり長続きすることなく、その繁栄の時を終えました。採掘のための設備と労働力、資本力を持った大企業だけが、多くの利益を得たのです。人々は自力での採掘をあきらめると、企業に雇われたり、農業を始めたりしながら生活していました。
コロマで最初に金塊を見つけたジェームスは、自分が見つけた金鉱の権利を主張しましたが、政府は認めませんでした。結局彼は、「はじめて金を見つけた男」として知られる以外、なにも利益を得ることはできず、庭師としてその生涯を終えました。
「ブレトンウッズ体制」
金は、その美しさと希少価値から、世界共通の価値が認められています。第二次世界大戦も終わりに近づいた1944年。当時、世界通貨とされていたイギリスのポンドにかわって、アメリカドルが絶対的な力を持つことになる会議が、ニューハンプシャーのブレトンウッズで開かれました。そこで国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)が創設されます。そして、各国通貨の流通量と金の全体量の割合で為替レートを決めていた金本位制から、金為替本位制に変更されました。金為替本位制とは、金1オンス=35ドルで固定することにより、ドルの価値を一定にするというものです。これがブレトンウッズ体制です。各国通貨も金ではなく、ドルに連動するようになります。日本の円は、当時1ドル=360円で固定されていました。
ところがベトナム戦争をはじめとする軍事費の増大で、アメリカは大きな財政赤字を抱えます。金の保有量を遙かに超えるドルを発行し、金とドルとの交換を保証できなくなりました。当時の大統領ニクソンは、金為替本位制を廃止します。ドルの史上価値は暴落し、各国通貨は変動相場制へと変わっていきました。これがニクソン・ショックです。
金為替本位制が廃止され、ポスト・ブレトンウッズ体制が続く中、それでもアメリカは金を大量に保有してきました。テロで崩れ落ちたワールドトレードセンターの地下には、大量の金塊が保管されていたのです。幸い金は無事だったのですが、アメリカの財政赤字は無事では済みそうもありませんね。
余談ですが、映画「ダイハード3」のなかで、テロリストを装った大泥棒たちのターゲットは、このワールドトレードセンターの地下に眠る金塊でした。
★ Websites
「Coloma
- California Ghost Town」
今ではほとんどゴーストタウンと化したコロマの街のスナップ写真が見られます。左側、下から3番目が、ジェームスがはじめて金塊を発見した水車場です。
「Coloma
Valley History」
マーシャル金発見州立史跡公園では、金塊発見にまつわる歴史資料や展示物のほか、実際に砂金探しを体験できます。 |
バックナンバー
・創刊号 7/27/04
「どうしてこんなにアメリカが好きなのだろう?」
・No.01「THE KING」 8/3/04
・No.02「Chasers 追跡者たち」8/10/04
・No.03「オズ」8/17/04
・No.04「ウォーレン・バフェット」8/24/04
・No.05「Manifesto Destiny」8/31/04
・No.06「UP and DOWN」9/7/04
・No.07「一攫千金」9/14/04
・No.08「THE DRIVE」9/21/04
・No.09「スタインベック」9/28/04
・No.10「バーバンクの魔術師」10/5/04
・No.11「フラミンゴ」10/12/04
・No.12「ラバ遣いが観た宇宙」10/19/04
・No.13「Mickey D's」10/26/04
・No.14「世界の始まり」11/2/04
・No.15「リーディング」11/9/04
・No.16「MEN IN BLACK」11/16/04
・No.17「大統領への手紙」11/23/04
・No.18「花」11/30/04
・No.19「ボニーとクライド」12/7/04
・No.20「アポロ計画」12/14/04
・No.21「Remember the Alamo!」12/21/04
・No.22「What a Wonderful World」12/28/04
・No.23「KO」1/4/05
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・No.29「WTC」2/15/05
・No.30「AMEX」2/22/05
・No.31「灯りが灯るまで」3/1/05
・No.32「Blues Bros.」3/8/05
・No.33「Indy 500」3/15/05
・No.34「ハーランドの受難」3/22/05
・No.35「The Music City」3/29/05
・No.36「Buried Alive In The Blues」4/5/05
・No.37「America's Cup」4/12/05
・No.38「背番号42」4/19/05
・No.39「白人マイノリティー」4/26/05
・No.40「イエロージャーナリズム」5/3/05
・No.41「ディマジオの恋」5/10/05
・No.42「Peanuts」5/17/05
・No.43「Chocolate Town」5/24/05
・No.44「Enterprise」6/1/05
・No.45「Amblin」6/7/05
・No.46「SETI」6/14/05
・No.47「道」6/21/05
・No.48「ARPA」6/28/05
・No.49「The United Taste of America」7/5/05
・No.50「カリフォルニア・ワイン」7/12/05
・No.51「Ellis Island」7/19/05
・No.52「約束の地」7/26/05 |