・No.17「大統領への手紙」11/23/04
SF作家、H・G・ウェルズの小説「解放された世界」のなかで、原子核物理学者が人工放射能を発見します。やがてこの発見をもとに人類は原子爆弾を発目し、核戦争が勃発するというストーリーの未来小説です。
ハンガリー生まれの物理学者レオ・シラード(Leo
Szilard)は、ある日、原子エネルギーの解放について想いを巡らせながら通りを歩いているうちに、この小説のことを思い出しました。そして、交差点の信号が青に変わった瞬間、核連鎖反応というアイデアを思いついたのです。
ウランの原子核に十分な速度で中性子をひとつぶつけてやると、原子核は分裂し、そこから新たに中性子が2つ飛び出します。この2つの中性子がそれぞれ別の原子核にぶつかり、さらに4つの中性子が飛び出します。このように、高密度ウランに中性子をひとつぶつけるだけで、エネルギーは連鎖反応と共に増大していきます。レオ・シラードは、この核連鎖反応のアイデアが小説の中の原子爆弾を現実のものにするでだろうことにすぐに気づきました。
当時、ナチスはチェコスロバキアを占領、そしてチェコで豊富に産出されるウランの輸出を禁止します。そしてドイツの物理学者オットー・ハーンは、核分裂の実験に成功していました。ナチスによる原子爆弾の開発が、現実の恐怖になったのです。
1939年7月15日、レオ・シラードはロングアイランドにある、アルバート・アインシュタインの別荘を訪れました。そして核連鎖反応が現実に可能であることを伝え、ナチスよりも先に原子爆弾を開発するよう、当時の大統領、ルーズベルトへ手紙を書くように頼んだのです。実際、手紙はシラードによって書かれ、アインシュタインはそこに署名をしただけでした。大統領への意見書に、アインシュタインの名声が必要だったのです。
手紙を受け取ったルーズベルト大統領は、まず「ウラン顧問委員会」を発足。原子爆弾の開発を始めますが、政府からの研究費はわずかで、プロジェクトは思うように進みませんでした。そこでシラードとアインシュタインは再び大統領に手紙を書きます。ドイツではすでに優秀な物理学者のもとに原爆開発が進んでいると、脅しをかけたのです。
そして1942年、マンハッタン計画がスタートします。すぐにシラードの核連鎖反応が実験で証明されると、研究の本拠地をニューメキシコのロスアラモスに移し、本格的な原子爆弾の開発が始まったのです。
研究所では、世界中からアメリカに亡命してきた優秀な物理学者が働いていました。外界からは隔離された研究所では、秘密を守るために人々はお互いを仮名で呼び合うほどでした。研究者はそれぞれの専門分野に特化した研究だけを行い、プロジェクトの全体像をすべて知っていたのは、リーダーのオッペンハイマーを中心とした少数の者だけでした。
ところで、ナチスの研究者たちは、原子爆弾をどこまで開発していたのでしょうか?ナチスの原子爆弾開発状況を調査するアメリカの「アルソス」という秘密調査団は、1945年にようやくドイツ国内に潜入できるようになりました。そしてわかったことは、ドイツの科学者は、ウラン濃縮の初歩的な段階にしか達していないこと。そして、原子爆弾の開発そのものをすでに中止していたことでした。
やがて連合軍はドイツの主要都市に攻め込み、ナチスは降伏します。この時点で、アメリカには原子爆弾を開発する必要はなくなっていました。しかし研究は続けられ、テネシーのオークリッジではウラン濃縮が、ワシントンのハンフォードではプルトニウムの生産が24時間体制で行われていました。そして1945年7月16日、人類初の原爆実験がニューメキシコの砂漠で行われたのです。
原爆が巻き起こすであろう世界的な恐怖を感じたシラードは、再びアインシュタインを訪れます。そして原爆の驚異を知らせ、核兵器の扱いに関する世界的な管理法の制定を提案するために、大統領への面会を求めた手紙を書きました。しかしこの手紙は、ルーズベルトの死後、大統領事務所で発見されました。シラードとアインシュタインの最後の手紙は、大統領へは届かなかったのです。
「バルーンフィェスタ」
熱い空気が上昇する力を利用した熱気球、最初に発明されたのは1783年でしたが、当時は熱に強く軽い素材がなく、なかなか普及しませんでした。ちなみに、熱気球を発明したのはフランスのモンゴルフィエ兄弟。紙を使って作ったそうです。
第二次世界大戦が終わると化学繊維とプロパンガスが普及し、1960年にようやく本格的な熱気球が考案されました。巨大な風船の下からガスバーナーで熱を送り込み上昇すると、あとはどこへ行くにも風任せという乗り物です。単純な仕組みの割りに、素材が難しかったのでしょう。飛行機より、その歴史は浅いことになります。
毎年10月になると、ニューメキシコ州アルバカーキでは500を越える熱気球が集まるバルーンフィェスタが行われます。広く平らな大地と、秋に吹く上昇気流と、熱気球に最適な条件がそろっています。最近では、ブタやブーツ、牛のカタチをしたバルーンもお目見え、見ているだけで楽しめる大会になりました。
ところで、熱気球を使った競技が何種類かあるのをご存じですか?
もっともポピュラーなのが「うさぎ狩り」(Hare
and Hound)と呼ばれる競技です。2機の気球を使います。まず1機目が離陸、そのあとをチャレンジャーの気球が追いかけます。別に追い越してもかまわないのですが、最初の気球から離れないようにしなければなりません。そして1時間後に最初の気球は好きなところに着陸し、着陸地点の周辺に×印を置きます。追いかけてきたチャレンジャーの気球はその×印めがけてマーカーを落とし、どれだけ目標近くに落とせたかを競います。
風を読み、相手との駆け引きを楽しむ競技は、風まかせの気球の操縦の腕が試されます。
★ Website
「Albuquerque Balloon Fiesta」
2004年に行われたアルバカーキのバルーンフィェスタ。Galleryでは、色とりどりの気球の写真が楽しめます。来年2005年は、9月30日から10月9日の開催です。 |
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