・No.24「Masters」1/11/05
1933年1月、ジョージア州オーガスタに会員制のゴルフクラブ「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」(AUGUSTA
NATIONAL GOLFCLUB)が正式にオープンしました。「どんなレベルのプレイヤーでもゴルフを楽しめるコース」という理想をもって作られた「オーガスタ・ナショナル」は、土地の高低差や小川などの自然な地形を利用して設計され、上質なフェアウェイに最小限のバンカーとラフをもつ美しいコースです。
フルーツランド・ナーサリーズと呼ばれたその土地は、世界中からいろいろな植物を輸入する会社の所有地でした。経営者の死により会社はなくなりましたがマグノリアやアゼリアなどの美しい植物はまだ残っていたのです。「オーガスタ・ナショナル」の建設のために最適な土地を探していたボビー・ジョーンズ(Robert
Tyre Jones)は・・・
「完璧だ、この土地は誰かがゴルフコースを造ってくれるのを待っている!」
と言って、7万ドルでその土地を買い取りました。資金は、アマチュアにして当時の4大メジャーを制したボビーを、ゴルファーとしても人間としても尊敬していた、友人で実業家のクリフォード・ロバーツ(Clifford
Roberts)が支援しました。彼らはこのゴルフコースで、商業性をできるだけなくした、真にゴルフを愛するメンバーだけのトーナメントを開催することを夢見ていたのです。そして1934年3月22日の第1回大会「AUGUSTA
NATIONAL INVITATION」は、やはりボビーを尊敬し慕う59人のクラブ会員だけで開催されました。
世界のゴルファーから尊敬されるボビー・ジョーンズは、1902年、ジョージア州アトランタに生まれました。小学生の頃は病弱で学校を休みがちでしたが野球やテニスが大好きな少年でした。ゴルフとの出会いは5歳のとき、両親が初めてゴルフを習うためにレッスンプロについたのがきっかけでした。
子供用に短く切ったゴルフクラブを手に、父親と一緒にコースをまわるボビー少年。レッスンプロのスイングをじっと見ているうちに、そのスタイルをまねして素振りの練習をはじめました。ボビーの父親は「この子は物まねがとても上手でね、すっかりプロのスイングをマスターしてしまったんだよ」と言いながら、ボビーのスイングをゴルフ仲間にみせては自慢していたそうです。そしてプロゴルファーのはくズボンとハンティング帽を買い与えました。気をよくしたボビーは、スイングだけではなく、歩き方や身のこなしまで、見事にプロの動きをまねするようになったそうです。
こうしてゴルフの世界にのめり込んでいったボビーがはじめて優勝したのはアトランタ・アスレチッククラブのジュニア選手権。9歳だったボビーは16歳の少年をマッチプレーで破り、初優勝を手にしたのです。そして14歳で全米アマチュア、18歳で全米オープンへの出場を果たすと、その天才的なゴルフの才能をさらに発揮していきます。アマチュアプレイヤーでありながら、8年間のあいだに全米オープンで4回、全英オープンで3回の優勝をなしとげます。結局、この間に21の大きな大会に出場し、そのうち13試合で優勝したのです。そして1930年、当時の4大大会と呼ばれていた全米アマチュア、全英アマチュア、全米オープン、全英オープンの4試合を制覇。ゴルファーとして史上初のグランドスラムを達成すると、28歳の若さで引退してしまいました。
アマチュアとしてゴルフをしていたボビーですが、同時に学業でもその才能を発揮しています。ジョージア工科大学で機械工学を専攻したのち、ハーバード大学で英文学科を卒業、さらにアトランタのエモリー大学法学部に入学、弁護士の資格を得ています。
ゴルフを引退してからは、ゴルフクラブの設計や本の執筆を手がけながら理想のゴルフコースをめざして「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」を設立、1934年に初めての大会「AUGUSTA
NATIONAL INVITATION」を開催しました。この大会はその後「マスターズ」(Masters)と名称を変え、世界最高のゴルフ大会として独自の運営を続けています。いまでも毎年4月になると、「マスターズ」からの招待状を受け取った世界中のゴルファーたちがオーガスタに集い、ミラクルプレイを競い合っています。
「マスターズ委員会」
ボビー・ジョーンズが「真にゴルフを楽しむための大会」を理念にはじめた「マスターズ」は、いまでも「マスターズ委員会」によって、その伝統が引き継がれています。
「マスターズ」に出場するためには、毎年「マスターズ委員会」から届く「招待状」がなければなりませんが、そのためには17ある条件のうち最低1つを満たしている必要があります。この17の条件のなかには「昨年の全米アマチュアの優勝者と2位」、「昨年の全英アマチュアの優勝者」そして「昨年の全米ミッドアマチュアの優勝者」というアマチュアのための条件もあります。生涯アマチュアを通したボビーだからこそ、アマチュアプレイヤーを大切にしているのでしょう。ジャック・ニクラスやタイガー・ウッズも、初めて「マスターズ」の招待状を受け取ったときは、まだアマチュアでした。
「マスターズ委員会」はまた、商業主義を嫌うことでも知られています。テレビ局への放映権は、他のメイジャーな大会に比べると格安の値段です。そのかわり、どの放送局に放映権を売るのか、アナウンサーは誰を使うのか、そしてコマーシャルを入れるタイミングをはじめとした放送内容の構成にいたるまで、そのすべてに注文を付けてきます。そして大会会場には広告は置きません。
「気に入らないのならそれでもかまわない。放送も取材も宣伝もしなくていい。我々は好きなようにこの大会を行う」というのが「マスターズ委員会」のスタンスなのです。
しかし最近では「マスターズに男性プレイヤーしか招待しないのは性差別ではないのか?どうして女性をプレイさせないのか?」という声もあがっています。格式や伝統は行き過ぎると少々問題を起こすことがあります。確かに「マスターズ」は私的な大会かもしれませんが、もはや「マスターズ委員会」だけのものにしておくのは難しくなってきているのかもしれません。「真にゴルフを楽しむための大会」というボビー・ジョーンズの哲学を忘れずに、楽しい大会を続けて欲しいものです。
★ Website
「The Official Site of the Masters Tournament」
マスターズのオフィシャルサイト。マスターズの歴史やボビー・ジョーンズについての逸話をはじめ、2004年大会の記録、2005年大会の案内があります。ページの右側には「WALKING
TOUR」があります。各ホールを360度のパノラマ写真で紹介しているのですが、残念なのは、花の季節に撮ったものではないことです。 |
バックナンバー
・創刊号 7/27/04
「どうしてこんなにアメリカが好きなのだろう?」
・No.01「THE KING」 8/3/04
・No.02「Chasers 追跡者たち」8/10/04
・No.03「オズ」8/17/04
・No.04「ウォーレン・バフェット」8/24/04
・No.05「Manifesto Destiny」8/31/04
・No.06「UP and DOWN」9/7/04
・No.07「一攫千金」9/14/04
・No.08「THE DRIVE」9/21/04
・No.09「スタインベック」9/28/04
・No.10「バーバンクの魔術師」10/5/04
・No.11「フラミンゴ」10/12/04
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・No.14「世界の始まり」11/2/04
・No.15「リーディング」11/9/04
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・No.17「大統領への手紙」11/23/04
・No.18「花」11/30/04
・No.19「ボニーとクライド」12/7/04
・No.20「アポロ計画」12/14/04
・No.21「Remember the Alamo!」12/21/04
・No.22「What a Wonderful World」12/28/04
・No.23「KO」1/4/05
・No.24「Masters」1/11/05
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・No.30「AMEX」2/22/05
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・No.49「The United Taste of America」7/5/05
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・No.52「約束の地」7/26/05 |