US万次郎:「Peanuts」


   

 メルマガ「アメリカ生活アドバイザーの随想」(7/27/04-7/26/05)を再編集したものです。

・No.42「Peanuts」5/17/05

 1950年10月2日、アメリカの新聞わずか7紙で連載が始まった「Peanuts」は、それから50年後の2000年2月13日の最終回までに、世界68カ国、2000紙もの新聞で連載されていました。なにをやっても失敗ばかりの主人公、チャーリー・ブラウン、おてんば娘のルーシー、天才ピアニストのシュローダー、そしてスーパー・ドッグ、スヌーピーといった愛らしいキャラクターたちは、いつしか4コマ漫画から飛び出して、テレビや映画、ミュージカルにまでなりました。

 「Peanuts」の生みの親、チャールズ・モンロー・シュルツ(Charles Monroe Schulz)は、1922年11月26日、ミネソタ州セントポール生まれ。ニックネームは「スパーキー」。当時はやっていた漫画にでてくるスパーク・プラグという馬の名前からつけられたそうです。チャールズはまだ幼い頃から、年上のどんな子供達よりも上手に絵を描き、まわりからは「いつかきっと画家になる」と言われながら育ちました。しかし彼自身は後にこう語っています。

 「私が漫画家になるべく生まれて来たことは、なかなかみんなには理解してもらえません。本当に幼い頃から、私の夢は新聞に連載漫画を毎日描くことだったのです」。

 チャールズの家は理髪店を経営していました。決して裕福とは言えない家庭、母親は末期癌に冒され絶えず痛み止めが必要だったにもかかわらず、父親は必死に働き、チャールズの夢を叶えるために漫画の通信講座を受けさせていました。

 この講座が終了するとすぐに、チャールズは第二次世界大戦に出兵しました。機関銃部隊の軍曹だった彼は、仲間が家族へ宛てて書く手紙に、ちょっとしたイラストを描いてやるのが楽しみだったようです。入隊してすぐに、大好きだったお母さんが亡くなる悲しみもありましたが、軍での生活は引っ込み思案だったチャールズに自信を与えました。

 戦争から帰ると、一時は小冊子の漫画に「文字入れ」の仕事をしていたチャールズでしたが、やがて通信講座を受けていたArt Instruction Schools に職を得ることができました。そこで漫画を教えながら、自らも技術を磨いていったのです。そしてチャーリー・ブラウンという名の友達と出会ったのもこの頃でした。

 地道な売り込みを続けていたチャールズでしたが、ようやく「Saturday Evening Post」に何編かの1コマ漫画を載せてもらうことができました。これがプロの絵描きとしてのチャールズの第一歩だったのです。さらに「St. Paul Pioneer Press」に週一回の連載をはじめると、さらに日刊連載の契約を求めて売り込みを続けました。そして全米の新聞に漫画やコラムを提供している通信会社「United Feature Syndicate」(UFS)に1コマ漫画のサンプルを送りつけるとさらに自ら4コマ漫画のサンプルを持参してニューヨークにあるUFSのオフィスを訪れました。

 UFSのジム・フリーマンは名の売れた編集長でしたが、チャールズの作品を見ると即決で5年間の日刊連載契約を結びました。しかも1コマではなく4コマ漫画です。

 ただひとつだけ問題がありました。「L'il Folks」という漫画のタイトルです。「L'il Abner」と「Little Folks」というタイトルの漫画がすでにあったことから、ジムの独断でチャールズの作品は「Peanuts」というタイトルに変えられてしまいました。チャールズは、このタイトルだけは最後まで気に入らなかったそうです。

 1950年から連載の始まった「Peanuts」は数年のうちに大絶賛を得るようになりました。2年後には本の出版が決まり、さらにはオリジナルカレンダーが発売されると、続いてぬいぐるみやTシャツ、腕時計などのキャラクターグッズが次々と発売され、どれもが大ヒットしました。

 アメリカの厳しい現実社会を生きる大人達にとって、子供達の小さな世界を描いた「Peanuts」は、切ない人生の縮図だったのかもしれません。


★ Website

 「The Official Peanuts Website」  

 「Peanuts」のオフィシャルサイト。日替わり4コマ・マンガを見られるほか、キャラクター紹介や電子絵はがき、PC用の壁紙なんかもあって楽しめます。

バックナンバー

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 「
どうしてこんなにアメリカが好きなのだろう?

・No.01「THE KING」 8/3/04

・No.02「Chasers 追跡者たち」8/10/04

・No.03「オズ」8/17/04

・No.04「ウォーレン・バフェット」8/24/04

・No.05「Manifesto Destiny」8/31/04

・No.06「UP and DOWN」9/7/04

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・No.08「THE DRIVE」9/21/04

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・No.12「ラバ遣いが観た宇宙」10/19/04

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・No.16「MEN IN BLACK」11/16/04

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・No.18「」11/30/04

・No.19「ボニーとクライド」12/7/04

・No.20「アポロ計画」12/14/04

・No.21「Remember the Alamo!」12/21/04

・No.22「What a Wonderful World」12/28/04

・No.23「KO」1/4/05

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・No.25「MTV cops」1/18/05

・No.26「フライヤー」1/25/05

・No.27「Sexual Elegance」2/1/05

・No.28「TRUMP」2/8/05

・No.29「WTC」2/15/05

・No.30「AMEX」2/22/05

・No.31「灯りが灯るまで」3/1/05

・No.32「Blues Bros.」3/8/05

・No.33「Indy 500」3/15/05

・No.34「ハーランドの受難」3/22/05

・No.35「The Music City」3/29/05

・No.36「Buried Alive In The Blues」4/5/05

・No.37「America's Cup」4/12/05

・No.38「背番号42」4/19/05

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・No.42「Peanuts」5/17/05

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・No.47「」6/21/05

・No.48「ARPA」6/28/05

・No.49「The United Taste of America」7/5/05

・No.50「カリフォルニア・ワイン」7/12/05

・No.51「Ellis Island」7/19/05

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筆者プロフィール  |  Contact:manjiro@usmanjiro.com
  

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