US万次郎:「ARPA」


   

 メルマガ「アメリカ生活アドバイザーの随想」(7/27/04-7/26/05)を再編集したものです。

・No.48「ARPA」6/28/05

 すべては1957年10月4日のソ連によるスプートニクの打ち上げ成功から始まりました。「地球はソビエト製の新しい月を持った」というモスクワ放送の言葉通り、丸い金属の塊である人類初の人工衛星は、アメリカの上空をなんども通過していきました。さらに翌月打ち上げられたスプートニク2号には、生命維持装置と犬が積まれていました。そして衛星の重量は500kgを越えていたのです。このことはアメリカにとってより大きな驚異となりました。なぜなら、500kg以上の重さを持つ衛星を打ち上げられるということは、核弾頭のついたミサイルを宇宙に装備できることを意味していたからです。

 自国の空に核ミサイルが配備されるかもしれないという驚異に、人々は恐怖を抱きました。当時のアメリカには、防衛手段も、同等の兵器を開発するだけの科学力もなかったのです。どうにも防ぎようのない兵器を持った敵国に対し、アメリカはすぐにでも追いつく必要がありました。そして、あわてて2kgほどの小さな衛星の打ち上げ実験を試みたのですが、あえなく失敗に終わったのです。

 当時の大統領アイゼンハワーは、科学技術力向上のために、大々的な改革を始めることを決定しました。軍部を越え、民間企業や大学をも含めた、新しい宇宙開発のための組織を編成したのです。国防総省に「高等研究計画局」Advanced Research Projects Agency「ARPA」を設立、「最先端技術による国防」が任務でした。

 「ARPA」による技術開発は、心理学からミサイル開発まで広範囲に渡っていました。プロジェクトは軍事技術に限らずに広く公募され、将来の実用化が期待される基礎科学の研究も盛んに行われました。やがて軍事目的の研究開発から純粋な宇宙開発分野を切り離した独立の研究開発機関、「アメリカ航空宇宙局」 National Aeronautics and Space Administration「NASA」が誕生したのです。

 「ARPA」のなかで最も重要視されていたプロジェクトに、核戦争時の指揮統制の整備がありました。それまで電話回線に頼っていた国防総省の通信網でしたが電話中継基地がテロによる攻撃を受けたのをきっかけに、核攻撃を想定した強固な通信網の開発が急がれていました。「ARPA」は新たに情報処理に関する研究開発部門を設置、民間会社から有能な技術者を招集すると、コンピューターネットワークの開発に着手しました。1962年10月のことです。

 コンピューターの端末どうしをケーブルでつなぐ「Intergalactic Network構想」をはじめ、ネットワークの一部が破壊されても通信を維持できる「分散型ネットワーク」、さらには通信衛星を使ったネットワークといったアイデアがだされ、1964年には具体的な開発が始まりました。翌年行われた最初の実験はMITのスーパーコンピューターとカリフォルニア大学サンタモニカ校の端末を専用の電話回線でつないで行われました。送信される情報はいくつかの小さなブロックにわけられ、それぞれに番号が振られます。受信側は、受け取ったブロックを番号順に並べ直し、情報を再構築します。現在「Packet-switching」と呼ばれている通信方式の誕生です。

 その後、本格的なネットワーク構築のためのプロジェクト「ARPANET」が動き出します。コンピューター間の通信に必要なさまざまな技術開発が進められ、異なったハードウェアとソフトウェアをもつ端末間の通信のための基本仕様が定められました。さらに初期の「ARPANET」に参加する研究機関を募集。最終的にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、スタンフォード研究所(SRI)、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)そしてユタ大学が選ばれたのです。

 1969年10月、まずUCLAとSRIのコンピューターが接続、通信に成功しました。最初に送られた情報は「L」の一文字でした。キーボードの「L」をたたいてから電話で「Lが出ましたか?」と確認したそうです。さらに11月には UCSB、そして12月にはユタ大学のコンピューターも接続され、4台の端末によるネットワークが完成しました。これが現在私たちが使っている「インターネット」の始まりだったのです。


「インターネット」

 「ARPANET」が「インターネット」と呼ばれるようになったのは1984年頃のことです。主に軍事目的で研究開発が進められてきたネットワークは「MILNET」として分離され、「ARPANET」は純粋な科学技術として発展していきました。この頃には、全米の5つのスーパーコンピユーターがネットワークで接続され、今まで1台では扱いきれなかった気象予測や理論物理などの高度な計算を可能にしたのです。このプロジェクトはアメリカ科学財団(NSF)により行われたことから「NSFNET」と呼ばれました。

 「NSFNET」により、限られた数しかないスーパーコンピユーターに学生がいつでもアクセスできるようになりました。そのため多くの大学が「NSFNET」に参加するようになり、1987年には、ホストコンピユーターからのネットワークの枝分かれは1万を越えていました。本格的な「インターネット」の誕生です。

 E-Mailや telnet、掲示板などが開発されると、インターネットの用途は多岐に広がっていきます。研究機関だけのものだったインターネットは、やがて一般の人々にも普及していきました。1986年には、オハイオ州に暮らす人々が、電話回線を通じてインターネットに接続できるようになりました。そして80年代の終わりには、ついにインターネットはアメリカ以外の国へも繋がったのです。このときネットワークの枝分かれは10万を越え、インターネットの急成長がはじまりました。しかし90年代にWWWが開発されてからのことを考えると、このときの急成長は、まだまだ小さなものだったのです。


★ Website

日本最初のホームページ」 

 1992年9月30日、日本で最初に発信されたホームページが見られます。他にも科学者による日本のインターネットの歴史が語られています。

バックナンバー

・創刊号 7/27/04
 「
どうしてこんなにアメリカが好きなのだろう?

・No.01「THE KING」 8/3/04

・No.02「Chasers 追跡者たち」8/10/04

・No.03「オズ」8/17/04

・No.04「ウォーレン・バフェット」8/24/04

・No.05「Manifesto Destiny」8/31/04

・No.06「UP and DOWN」9/7/04

・No.07「一攫千金」9/14/04

・No.08「THE DRIVE」9/21/04

・No.09「スタインベック」9/28/04

・No.10「バーバンクの魔術師」10/5/04

・No.11「フラミンゴ」10/12/04

・No.12「ラバ遣いが観た宇宙」10/19/04

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・No.15「リーディング」11/9/04

・No.16「MEN IN BLACK」11/16/04

・No.17「大統領への手紙」11/23/04

・No.18「」11/30/04

・No.19「ボニーとクライド」12/7/04

・No.20「アポロ計画」12/14/04

・No.21「Remember the Alamo!」12/21/04

・No.22「What a Wonderful World」12/28/04

・No.23「KO」1/4/05

・No.24「Masters」1/11/05

・No.25「MTV cops」1/18/05

・No.26「フライヤー」1/25/05

・No.27「Sexual Elegance」2/1/05

・No.28「TRUMP」2/8/05

・No.29「WTC」2/15/05

・No.30「AMEX」2/22/05

・No.31「灯りが灯るまで」3/1/05

・No.32「Blues Bros.」3/8/05

・No.33「Indy 500」3/15/05

・No.34「ハーランドの受難」3/22/05

・No.35「The Music City」3/29/05

・No.36「Buried Alive In The Blues」4/5/05

・No.37「America's Cup」4/12/05

・No.38「背番号42」4/19/05

・No.39「白人マイノリティー」4/26/05

・No.40「イエロージャーナリズム」5/3/05

・No.41「ディマジオの恋」5/10/05

・No.42「Peanuts」5/17/05

・No.43「Chocolate Town」5/24/05

・No.44「Enterprise」6/1/05

・No.45「Amblin」6/7/05

・No.46「SETI」6/14/05

・No.47「」6/21/05

・No.48「ARPA」6/28/05

・No.49「The United Taste of America」7/5/05

・No.50「カリフォルニア・ワイン」7/12/05

・No.51「Ellis Island」7/19/05

・No.52「約束の地」7/26/05

筆者プロフィール  |  Contact:manjiro@usmanjiro.com
  

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