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鈴木 玲奈 (すずき れな)
私の渡米は1998年。大学院の指導教官のお情けでどうにか博士号を取得し、科学者として生まれてはじめての就職先に決めたのがテネシー州、ナッシュビルの大学。たまたま募集広告を目にして応募したその話はトントン拍子に決まってしまった。
「大変なことになった」。自分で決めておきながらそう思った。
一体なぜそんな決断ができたのか、いまだに不思議に思う。だいたい、私は漠然とアメリカが嫌いだった。旅行ならまだしも、そこに住むなんて私は全然気が進まなかったのだ。
加えて英語がてんでダメときた。学生時代、英語関係の科目はすべて落第を免れることを目標にしていたくらいだ。渡米を控えた当時でさえ、読むのはともかく、書くのも話すのもろくに出来なかった。就職の応募の手紙だって貿易業を営む父に代筆してもらったくらいだ。
アメリカ行きが決まってから出発するまで半年あった。学位論文の仕上げで渡米の準備どころではないほど忙しかった。それでも時間を見つけてはガイドブックを何冊か読み、留学経験のある人に会えば「どんなことに困りました?」と聞いてまわり、何年も前に買った「英会話」のテープを回し続けた。アメリカ行きの準備でビザ関係の事務手続きと常備薬を買い込む以外にできたのはそれだけだった。そしてわけのわからないまま飛行機に乗りこんだ。
あっというまに6年が過ぎた。結婚、出産、転職、引越、全部手探りで進んできた。たくさんの人たちに助けられ、この国の社会にとけ込んだ。あんなに嫌いだった英語は、もちろん今でも苦手だけど、電話をかけまくる生活の中で慣れてしまった。そしてなにより変わったことは、この国の良さがわかったこと。そしてこの国が好きになったこと。だからこそ、これからこの国にやってくる日本のみなさんに、知っておいて欲しいこと、アドバイスしたいことがたくさんあります。
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